第3冊目 『戦争の犬たち 上・下』

戦争の犬たち (上) (角川文庫)

戦争の犬たち (上) (角川文庫)

戦争の犬たち (下) (角川文庫)

戦争の犬たち (下) (角川文庫)

 前回は、松本仁一著『カラシニコフ』を通じて、カラシニコフという安い、壊れにくい、使いやすいという利便性の高い銃が、アフリカの現状、発展の歴史的経緯、そして隣国や超大国の思惑とその背後にある国際情勢と絡みながら、どのような悲劇を生み出してきたのかを俯瞰した。
 現在に至るまでアフリカ各地で生じてきた、各利害関係者の強欲が絡み合い、時に陰惨な姿を呈する人間模様は、現実ながら本当に映画やドラマのような展開を見せるものがある。

 今回は、ある作家が小説の中で描く人間模様を取り上げて、あえてフィクションとノンフィクションの間を逡巡したい。
 前回最後に触れたが、今回はフレデリック・フォーサイス著『戦争の犬たち』(1974年)を紹介する。
 フレデリック・フォーサイスは、作家ながら、軍隊と戦争に造詣が深い。19歳の時の空軍入隊経験、またジャーナリズムの世界に入ってからのナイジェリア内戦の現地取材の経験等がそのバックボーンになっている。
 当然、その経験が小説にも反映されており、この小説の主人公もイギリス人の傭兵である。ちなみに『戦争の犬たち(Dogs of War)』のタイトルは、シェークスピアの『ジュリアス・シーザー (岩波文庫)』の中の"Let slip the dogs of War(戦争の犬を解き放て)"という台詞の引用であり、「金で人を殺す亡者」的な意味はない。

 クライマックスを除いて、ストーリーを簡単に紹介する。
 イギリスの鉱業を営むある大企業の社長が、極秘調査により、アフリカの独裁国家ザンガロ共和国にある鉱山、通称”水晶山”に高品質のプラチナが大量に埋蔵されていることに気づく。水晶山の利権を押さえたい当社長は、極秘に傭兵を雇い、ザンガロ共和国でクーデターを起こすことを計画する。クーデター後に自分の懇意にする指導者を大統領におき、水晶山の利権を押さえることが狙いである。
 主人公は、その社長に雇われたイギリス人傭兵、カーロ・アルフレッド・トーマス・シャノン(通称Cat)である。イギリス海兵隊に5年間勤務後、アフリカで雇われ傭兵として、コンゴ動乱等いくつもの内戦を戦った経験がある33歳の男性である。
 彼が中心となり、歴戦の戦友を招聘しクーデターの計画を立案、実行に移していく。
 驚異的なことは、クーデター実行メンバーは、白人傭兵6人、現地兵5人の計11人のみであるということである。ザンガロ共和国は、独裁者である大統領(暗殺恐怖症らしい)が、大統領官邸に、軍の武器庫、国営放送局、中央銀行等、国の中枢機関をすべて集中させ、権力を一手に握っている。よって、少人数で大統領と大統領官邸を襲ってしまえば、この国を掌握できるというわけだ(ちなみに同国の経済は暴政のため壊滅状態である)。シャノンの計画は、大統領が確実に官邸内にいる独立記念日前夜に海上より上陸し、ソフィスティケイトされた武器と戦術で一気呵成に大統領官邸を占拠することである。
 当然、すべての作戦計画は極秘で進められる。作戦メンバーはシャノンの戦友ばかりなので苦労は少ないが、武器の調達やザンガロ共和国に向かうための船等の用具がすべて違法に入手する必要があるが、シャノンは独自のルートを通じて、時に危険な目にもあいながら、すべて揃えていく。
 様々な困難を乗り越えて、11人の戦士達はザンガロ共和国に向かう船で旅立つが…。

 以上が簡潔な筋書きであるが、ただのフィクション小説とは思えない。その理由は下記の見所にある。

 この小説の見所は、第一、に描写が異常にリアルな部分である。武器描写や戦術のみながら、傭兵達の生活様式、人物設定が異常にリアルに描かれている。襲撃用武器をイリーガルに入手する場面なども、舞台としてユーゴスラビアの実在の街が登場してきたり、また、その一連の中で架空とは思えない武器商人が登場したりする。作者のフォーサイス自身の体験談が随所に混入されていると考えられる。
 また、見所として第二に、主人公のシャノンの強かさである。シャノンは、彼を雇った企業にとっては、極秘に雇い極秘に作戦の遂行を命じている傭兵である。よって、もし計画が実行前に明るみになったり、失敗した場合に自分の会社が糾弾されることは何としても防がなければならない。そこで企業側は、代理人や偽名を使い、会社名やクーデターの本当の理由をシャノンに決して教えようとしないのだが、シャノンは独自の手法で会社名からそのバックにいる人物、またクーデターの本当の理由を把握してしまう。さらに依頼主の一番バックにいる人物の弱点を握り、万が一の場合の防御線まで張ってしまうのだ。自分の身を自分で守ってきた人間の強さと魅力が垣間見れ、参考にしたくなる。ジャック・ヒギンズ著『鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)』の主人公クルト・シュタイナと通じるところがある。

 さて、本書は以上のような小説であるが、実はこのザンガロ共和国には、明らかにモデルとなった国がある。赤道ギニア共和国である。

 先日紹介した松本仁一著『カラシニコフ』に以下のような節がある。少し長いがかなり面白いのでそのまま引用しよう。

 『戦争の犬たち』は実話?


 『戦争の犬たち』が出版されて4年後の1978年4月16日、英紙サンデー・タイムズはこうすっぱ抜いた。
 「フォーサイス氏は1972年、傭兵を使って赤道ギニアの政権転覆を謀ったが失敗した。『戦争の犬たち』はそれに基づいて書かれた実話小説である」
 同紙によると、フォーサイスは1967年、BBC特派員としてビアフラ戦争を取材する。ナイジェリア南部のビアフラが分離独立を図り、ナイジェリア政府軍に徹底的に弾圧されてつぶされた内戦だ。取材の過程で、ビアフラ側の指導者オジュク将軍を敬愛するようになる。内戦に敗れて悲惨な生活を強いられている彼らに新しい国土を与えるため、赤道ギニアの転覆を思いついたというのだ。国の乗っ取り計画である。
 1971年に出版された小説『ジャッカルの日』がベストセラーになっていた。仏ドゴール大統領の暗殺未遂事件を描いた物語だ。その印税約1億円を軍資金に12人の傭兵を集める。
 隊長はビアフラ時代に知り合ったスコットランド人傭兵だった。事前に現地調査した隊長は、12人の傭兵に元ビアフラ兵約150人を加えれば計画は成功すると判断する。
 赤道ギニアを選んだのは、離れ小島の首都マラボがビアフラに近く、かつてビアフラ救援機の基地になっていたからだ。ナイジェリア政府軍の弾圧を逃れ、すでに多くのビアフラ人が移り住んでいる。決起すれば彼らはついてくると判断した。終身大統領のマシアスは独裁者で武力圧政が続き、国民の信望はなかった。
 1972年、ドイツで自動小銃40丁、機関銃、迫撃砲、ロケット砲、弾薬4万発を買い付けた。漁船も購入し、スペイン南部のマラガで武器を積み込む手はずを整えた。「クーデター」が成功すれば、傭兵には正規の報酬のほか、一人3万ドルのボーナスが支払われる予定だった。
 ところが、スペインで武器を積み込むのに必要な輸出ライセンスが出なかった。買収してあったスペインの役人が土壇場で心変わりしたのだ。役人は、船が貨物船でなく、漁船であることを知って怖じ気づき、ライセンスの発行を拒否した。マラガに入港した船は武器を積み込むことができず、手ぶらでカナリア諸島へ向かう。不審を抱いたスペイン警察が動き出し、傭兵は全員がカナリア諸島で逮捕される。計画は失敗に終わった――――(松本仁一著『カラシニコフ』157p)

 今、本当かよ!と唸った、読者は正しいと思う。
 しかし、これが事実ならば…と頭で妄想するだけで、私はドキドキしてしまう。
 事実、松本氏はフォーサイス氏本人に真偽を問いただしている。

サンデー・タイムズの記事?アイデアは面白いが、事実じゃない」(松本仁一著『カラシニコフ』157p)

 松本氏の本人取材によると、フォーサイス氏は、1970年頃に実際に赤道ギニアの転覆計画があることを知り、『戦争の犬たち』取材のためにその作戦会議に出席したらしい。その際に同席していた知り合いの傭兵が勝手にフォーサイス氏を首謀者と思い込み、そんな根も葉もない噂が広まった、とフォーサイス氏本人は言う。

 それを受けての松本氏の指摘が鋭く、フォーサイス氏のリアクションが意味深だ。

 しかし、国家転覆の方法を協議する傭兵の会議は、極秘中の極秘であるはずだ。そんな会議に、作家の同席など許すものだろうか。それについて彼は何も答えなかった。(松本仁一著『カラシニコフ』159p)

 どこからどこまでが事実で、そしてフレデリック・フォーサイスとは何者なのだろうか。確実に事実なのはフォーサイス氏がビアフラ戦争の現地取材を行ったということであり、また『ジャッカルの日 (角川文庫)』がベストセラーになったことである。
 ビアフラに関しては、フォーサイス氏は色んな意味で思い入れが強いのも事実のようで、彼は今までの執筆生活の中、一冊だけノンフィクションを書いているが、そのタイトルは、『ビアフラ物語―飢えと血と死の淵から (1982年)』である。ビアフラ戦争は、戦死、餓死者も含めて100万人を越えた壮絶な戦争だった。そのような出来事がフォーサイスに何らかの影響も与えないとは考えにくい。

 実は、『戦争の犬たち』の冒頭に登場人物として、フォーサイス氏が敬愛したオジュク将軍をモデルしたと思われる「尊敬を集める将軍」が登場し、本作の展開の中で、重要な役割を担うことになる。そして、当小説のラストシーンにフォーサイス氏自身の願いを感じることを禁じえない(詳しくは是非読んでいただきたい)。
 とりあえず、フォーサイス氏がビアフラに特別な思い入れを持っており、現地での体験が作風に多大な影響を与えていることは確かである。
 そのようにフォーサイス氏に強烈な体験を与えたビアフラ戦争とは、どのような戦争であったのか。
 次回の書評では、そのようにフォーサイス氏に強烈な体験を与えたビアフラ戦争関連の書籍を紹介しながら、その戦争の原因、経緯、結果を俯瞰するとともに、現在では地図上にも現れないビアフラ共和国の短命の歴史にも触れてみたい。
 そして、そのビアフラ戦争の結末が、実は、夜の新宿を通じて、我々東京都内で生活する者に、関わりがないこともないことも見ていきたい。やはり世界はつがっているのだ。

 最後だが、当小説『戦争の犬たち』は映画化されている。

戦争の犬たち [DVD]

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 冒頭に彼のシェークスピアの『ジュリアス・シーザー (岩波文庫)』内の台詞で、当小説のタイトルの元ともなっている言葉"Let slip the dogs of War"が画面一杯にどーんと表示されるところから始まる。
 1980年製作で、現在の凝った大規模な演出やCGに慣れている我々にとっては演出が若干淡白に移ったり、小説のストーリーをかなり端折っていたり、主人公の傭兵がそんなにへにゃへにゃじゃないだろう!と突っ込んでみたくなったりするかもしれないが、小説を読んでからであれば、その映画化されたものを観るというのはかなり楽しめる。
 小説を読まれた方は、是非読中に頭で思い浮かべたイメージと、映画でのイメージを観比べていただき、その差についてどのような見解を持ったか、そんなマニアックなテーマをこのブログのコメントで熱く語り合いたい。