第7冊目 『アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々』

アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)

アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)

 アフリカへの旅は、約40年前のナイジェリアまで到達していた。
 第5冊目の『[rakuten:book:11177569:title]』を通じて、ビアフラ戦争が勃発した背景から、その経緯、結果までの概観を見たところで終わっていた。当初今回は、フレデリック・フォーサイスの『ビアフラ物語―飢えと血と死の淵から (1982年)』を通じて、ビアフラ戦争の戦場の現実を見ることを考えた。しかし、その前に、ビアフラ戦争の帰結が、現在日本にいる我々の生活にどのように関わっているのか、また、ナイジェリア以外のアフリカ諸国の現状はどうなっているのか、別の本を見ながら脱線したい。
 今回紹介する本は、第2冊目『カラシニコフ』の作者である松本仁一氏が書いた別の本である。タイトルは『アフリカ・レポート』である。200p程の岩波新書だ。
 この本は、ビアフラ戦争の結末が、現代日本に住む我々にとって完全に他人事ではないことを教えてくれる。
 本書によると、実は、多くのナイジェリア人が移民として日本に流入し、主に東京新宿を中心とした繁華街で働いている。2005年のアフリカ出身者の外国人登録は、10000人以上らしいが、ナイジェリアからの入国が一番多く、2400人を数えるらしい。つまり街でアフリカ人を見かけたら、1/4の確立で彼もしくは彼女は、ナイジェリア人なのだ。
 そして、多くのナイジェリア人は、風俗店の客引き等、新宿を中心とする繁華街で働いているらしい。著者によると、その繁華街で働くナイジェリア人の7割は、ビアフラ地方出身のイボ人なのである。
 ビアフラ戦争が、ビアフラ共和国、つまりイボ人側の敗北で終わって以来40年近く経つが、少数派のイボ人は現在に至るまで、中央政府により抑圧されているのだ。その抑圧を嫌ったイボ人達が移民という道を選び、その行き先の一つとして日本があるのだ。逆に本国で主流のハウサ人の移民は殆どいないらしい。 
 ちなみに、風俗業に従事する理由は、短期的にまとまった金を稼ぐのに最適だかららしい。作中に登場する移民ナイジェリア人のオースティン(36歳)は、"ぼったくりバー"を経営した容疑で逮捕されているのだが、彼はバーを経営していた理由を、「自動車部品をナイジェリアに輸出するビジネスを始めたかった。そのための資金を急いでつくらなければならなかった(137p)」と述べている。 
 オースティンもビアフラ出身であり、生まれた町の近くに石油採掘現場があったらしい。しかし、目の前で石油が出ているにも関わらず、彼らには炊事の燃料すらなかったらしい。地域経済は貧窮し、大学を卒業しているにも関わらず職がない状態なのだ。
 一方で、石油会社は、採掘現場から出る天然ガスを露天焼却するので、周辺環境も悪化させる。下記、オースティンの弁だ。

 「ガスはゴーゴーと音を立てて24時間燃えている。猛烈な熱風が吹き、辺りの植物はみな枯れてしまう。私たちの主食はヤムイムだが、昔は30センチほどの大きさがあった。それが今では10センチていどだ。それ以上大きくならない」(本書145p)

 "第5冊目 『ビアフラ戦争 叢林に消えた共和国』 - YOSHIHISA YAMADA’s Blog / 山田義久Blog"の中で紹介した黒木亮『巨大投資銀行 (下) (ルビ:バルジブラケット)』からの抜粋を覚えているだろうか。前回と重複するが一部を除いて再掲しよう。

 1995年4月、桂木英一は、ナイジェリア南東部ニジェール・デルタの油田地帯を低空で飛ぶヘリコプターの機内にいた。
 (中略)
 眼下に、今まで見たこともない光景が広がっている。
 茶色い泥水に浸かった湿地帯。くすんだ緑色の森林地帯。椰子の木が多い森の中を無数の川が流れ、灰色に濁ったギニア湾へと注いでいる。その茶色い風景の中に、石油掘削リグや緑色の石油タンクが点在し、地表や紅白の縞模様の櫓の上で、随伴ガスを燃やす炎が地獄の業火のように赤々と燃えている。
 空は灰色の雲に覆われ、機内にはねっとりした湿気が充満していた。(黒木亮『巨大投資銀行』下巻、119p)

 この2つの抜粋は、同じ"炎"に対しての「地上からの描写」と「空中からの描写」である。同じものを見ているのに、双方の生活環境の違いは凄まじい。しかし、それが現実である。

 オースティンは、極めて厳しい環境で生活する中、ある時、日本に行けば金になるという話を聞いたらしい。そして、彼は、日本行きを決意する。それについての彼のコメントが我々先進国民の胸に刺さる。

 「自分はただ、がんばれば何とかなるところに行きたかっただけだ。ここでは大学を出ても何をしても、どうにもならなかった」(本書146p)

 このような厳しい境遇を、遠く故郷を離れて乗り越えようとしている人々が、我々のすぐ隣にいるのだ。

 さて、本書は、このようなアフリカからの移民就労者の現状も含め、アフリカ諸国の現状を概観する。2008年8月に第1刷発行だから情報も比較的新しい。この意味で現在のアフリカを概観するのに最適の書と言える。
 「はじめに」において、著者が提案する「アフリカの国家の4タイプ」がわかりやすい。

 ①政府が順調に国づくりを進めている国家
 ②政府に国づくりの意欲はあるが、運営手腕が未熟なため進度が遅い国家
 ③政府幹部が利権を追いもとめ、国づくりが遅れている国家
 ④指導者が利権にしか関心を持たず、国づくりなど初めから考えていない国家
 (本書"はじめに"より作成)

 そして、著者の分類によると、

 ①ボツワナくらい
 ②ガーナ、ウガンダ、マラウィなど10カ国ほど
 ③一番一般的。ケニア、南アなど
 ④ジンバブエアンゴラスーダン、ナイジェリア、赤道ギニアなど
(本書"はじめに"より作成)

 ④のナイジェリア、赤道ギニアは当ブログ常連であるし、④のその他の国も紹介した本の中に、内戦の舞台等その悪名でよく登場する。またスーダンは、最近国際問題になっているダルフール紛争でその悪行はおなじみである。
 以上の分類を踏まえて、著者は、主にジンバブエ南アフリカを焦点に合わせてレポートを展開する。ジンバブエはそのハイパーインフレ南アフリカはその治安の悪化とサッカーのワールドカップ時期開催で、世界の注目を集めているので、トピックもタイムリーだ。しかも、内容に現地人取材や、現場取材が多くて分かりやすく、かつ臨場感に溢れる。

 ジンバブエ南アフリカの現状について、本書を元に簡単に紹介しよう。
 まずジンバブエだが、1980年の独立時には「アフリカでもっとも恵まれた独立」といわれていたらしい。
 独立以前は、"ローデシア"と呼ばれていた。第2冊目の書評で紹介した映画『ブラッド・ダイヤモンド [DVD]』のレオナルド・ディカプリオ扮する主人公白人傭兵は、出身地を聞かれた際、「ローデシア」と答えている。
 独立当初は、農業を中心に経済は順調だった。大規模農場を有する白人農家と零細黒人農家が共存し、農作物を国内の需要を越えて、輸出するまでになっていた。政府の農業政策がその下支えになっていた。1983年から1985年には、アフリカは大旱魃に襲われ、アフリカ各地で100万人単位の餓死者を生むが、何とジンバブエは一人も餓死者を出さなかったらしい。
 1980年に現在のロバート・ムガベ大統領が、権力の座について以来、露骨な白人の迫害を初め、数々の失政と腐敗を繰り返し、ジンバブエ経済は壊滅していく。コンゴへの突然の派兵(1998年)や白人農場の強行接収(2000年)等、一部の関係者のみを不当に潤すが、国富全体を陥れるような政策を連発する。
 その結果、経済は崩壊し、ハイパーインフレが発生、それは一般市民の生活を直撃した。今年一月には何と100兆ジンバブエ・ドルが発行された!(100000000000000ドル紙幣が登場、異常なインフレ下のジンバブエ 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
この100兆ジンバブエ・ドルは闇レートで2万7000円とのことだ。インフレ率は2008年7月の時点で何と2億3100万%である。これでは一般市民がまともに生活できるわけがない。当然国民は国外脱出を謀る。そして、その脱出先が、本書のもう一つの大きなテーマの南アフリカなのだ。
 南アフリカは、最近、ヨハネスブルグの治安の悪さで日本でも各種メディアで報道される。
 実は、この治安の悪化に一役買っているのが、このジンバブエからの移民なのだ。

 南アフリカは、1994年にアパルトヘイト体制から開放され、以来、国の主導権は黒人政権に移ったが、その舵取りには大いに問題がある。
 特に松本氏は、国の経済基盤である治安を政治指導者が無視したことを指摘する。氏によると、少数白人支配にたいして80年間の闘争を戦いぬき、政権を掴んだ解放組織「アフリカ民族会議」(ANC)は、政権奪取後あっけなく腐敗したらしい。
 まず、票に結びつかない治安は軽視され、そして、黒人貧困層の生活は無視された。そして、それが多くの犯罪を生んだ。結果、犯罪が経済を停滞させ、また貧困を生み、そしてまた犯罪…と悪循環を繰り返す。そりゃ、市街地ですら白昼からナイフ強盗が出没する国で誰も経済活動を営もうとは思わない。
 松本氏は果敢にもヨハネスブルグで勤務する警察のパトカーに同乗し、犯罪発生状況を現場からレポートする。警官殺しが月に15件もある現場である。そこは想像を絶する世界だ。
 しかし、治安については、よい予兆もある。ヨハネスブルグや主要都市では、財界が中心となり監視カメラを街中に設置した。これにより犯罪は激減する傾向しているらしい。何とかワールドカップには間に合わせてほしいものである。飛び交う弾は、サッカーボールで充分だろう。
 一方で、南アフリカの政治が健全化される予兆は、まだ見えているとは言えないようだ。
 実は、来週22日に事実上大統領を決める選挙が行われる。そして最有力候補といわれているのは、ズマ副大統領である。しかし、彼は、多数の収賄や、何と婦女暴行の疑いまでも持たれている政治家である。実際にある収賄の疑いで、一度副大統領を更迭されたという"実績"もある。そのような人物が大統領になることが、南アフリカに将来問題を起こさない、とは考えにくい。

 本書の前半は、以上のジンバブエ南アフリカの政府の問題点を中心にレポートが展開されていく。しかし、後半は、政府に頼らず自分の力で生活の向上を目指す人々の営みを紹介していく。
 まずジンバブエの農業NGO「地方農村発展協力気候」(ORAP)である。「ただで物を配る援助は絶対にやらない」という信念のもと、各農家を回って農業復興に努めている。興味深いのは、この組織の支援の中心が「問題提起」のみであり、農民達に自分でソリューションを考えさせることをその要諦としていることである。
 例えば農民より「牛を増やすための貯水槽がほしい」という要望があれば、ORAPメンバーは「貯水槽」を作るには30000ドル必要だ。そのお金をどうするのだ」と問題提起を行い、あとは何もしない。そうすると、農民達は自分達で知恵を絞りあい「ミルクを売ればいい」等、自分でソリューションを発見するのだ。貧困に喘ぐ農民達には、単発の援助ではなく、持続的、長期的発展が必要なのであり、この自主性を重んじるメソッドは極めて有効なのだ。
 また、南アフリカヨハネスブルグ郊外にある旧黒人居住区ソウェトは、今も貧困と犯罪は深刻だが、そこに「ワンディーズ」というモダンなレストランができた。このレストランには、観光客や白人市民が多く訪れ賑わい、世界的に有名になっているらしい。このレストランがあるソウェトは、昔は白人は足を踏み入れたこともないような場所であったが、今このレストランは人種交流の場の一つにもなっているらしい。
 また本書後半で紹介される、ケニアウガンダセネガルで活躍する日本人企業家の例も興味深い。日本的経営手法が地元従業員の信頼を集め、結果として企業の業績のアップにも繋がっているということを聞くと、日本人であることが誇らしく思える。

 以上のように本書は、アフリカ諸国の希望も絶望も双方描かれており、200p程の頁の中に密度の濃い情報が含まれている。特にジンバブエ南アフリカという、最近特に報道される機会が多いアフリカの国に焦点が当たっているのも素晴らしい。
 以上が、本書の紹介である。

 このブログでは、特に今まで取り上げる国が、コートジボアールシエラレオネリベリア赤道ギニア、ナイジェリアに偏っていた。そこで、この辺でアフリカを鳥瞰し、他の国を見てみるもの、アフリカをより深く知るのに有用とだったと思う。
 よって、今後の"アフリカ紀行"の目的地であるが、現行の「ビアフラ戦争に揺れるナイジェリア」と同時並行で、世界的にインパクトがある出来事が"起こった"、または"起こっている"他のアフリカの国々も随時紹介対象にしたい。そのための書籍の一つはロバート・ゲスト著『アフリカ 苦悩する大陸』である。