第2冊目 『カラシニコフ』

カラシニコフ

カラシニコフ

 カラシニコフ、日本で普通に生活しているだけでは、まず現物に触ることのない。もしかしたら、その名がテレビから流れていたとしても、覚えていない人の方が多数かもしれない。
 一方、その名前を聞いただけで震え上がってしまう子供達が、この地球上にはいる。

 テレビを通じて、世界中で起こっている内戦やクーデターの報道をよく見ると、大体この銃を持っている兵隊を見つけることができる。有名な瞬間としては、2003年イラクフセイン大統領が捕まった時潜んでいた穴の中に、また2004年日本人NGO3人が誘拐された時の犯人の手に同じものがあった。

図:AK47、通称"カラシニコフ"

 カラシニコフ、正式には、1947年式カラシニコフ自動小銃またはAK47と呼ばれる銃がある。本書はその銃がどのように生まれ、世界中に流通し、そしてアフリカにおける紛争で使われてきたのかについて、アフリカ滞在が長い元朝日新聞の記者が詳細に記したルポルタージュである。
 故障が少なく手入れが簡単であり、未熟な兵士にも取り扱いが容易であることが一番の特徴であり、この特徴がアフリカの内戦地域で当自動小銃が広く使われることになった理由の一つである。
 そもそもアフリカにおける銃器流通の背後には、数々のアフリカの紛争が東西の代理戦争となり、東西先進国(銃器製造国でもある)の思惑により流通を促されたという事実がある。
 カラシニコフは、東側、つまりソ連陣営で発明・生産された小銃であり、ソ連国益を鑑み、アフリカの共産主義国家や反政府共産主義勢力に政策として流通させた。つまり、カラシニコフ共産主義陣営のシンボルマークだったのだ。カラシニコフは、ソ連と、ソ連とライセンス契約を結んだ東側諸国(中国、ユーゴスラビア等)が大量生産をした結果、市場価格が下がり、さらに途上国における流通を加速させる結果となった。

 東側陣営の敗北により冷戦終了後、東西先進国陣営がアフリカから積極関与を撤退する中、多くのまともな統治機能を有さない国家、所謂「失敗国家(Failed State)」が放置され、それが90年台からの独裁者の台頭、紛争の拡大、貧困の伝播を招いた。
 冷戦期に大量に流通させられたカラシニコフは、その「安い、壊れにくい、使いやすい」という利便性が逆に仇となり、その後に起こる紛争において少年兵等、数々の悲劇を助長することとなる。
 本書は、それらアフリカにおける紛争の現状と背景、一連の流れを、「カラシニコフ」というキーワードを通じて描写する。思想的偏りもなく客観的な記述で、極めて勉強になる。 

 本書は、西アフリカ・シエラレオネにおける元少女兵の取材から始まる。
 シエラレオネは内戦は1991年から2002年までの間に起きた内戦である。反政府勢力:革命統一戦線(RUF)と政府軍との間のダイアモンド鉱山利権を巡る争いである。隣国リベリアの反政府勢力の長(97年より大統領)チャールズ・テイラーも反政府勢力の戦闘に加勢し、約10年間で7万5000人以上の死者がでた。
 取材当時19歳のその少女は、11歳の時に反政府ゲリラに拉致され、AK47を渡されて兵士にされた。訓練から実戦に至る体験を語るのだが、凄惨を極める。
 RUFは、その名前が示す通り、共産主義側のそれなりに崇高な理念を実現するために戦うはずなのに、実際は私利私欲に走る暴力集団だったようだ。RUFは襲った村の村民を使ってダイヤモンド(年間数10億ドルにのぼる利権)を採掘し、それをテイラーに売り渡す。その見返りにRUFはテイラーから武器弾薬を受け取る。そこに全国民の生活水準を向上させよう等の試みは、どのリーダーの頭にない。著者の「シエラレオネ内戦は、地域ボスたちの利権争いに、隣の地域の暴力団ボスが手を突っ込んだという構図(24p)」という表現が言い得て妙なのだろう。
 ボス達の醜争をよそに、少年兵・少女兵の心は戦闘の中で、完全に崩される。弾除け代わりに最前列に立たされたり、恐怖心を麻痺されるためにマリファナ入りの茶を飲まされたり、実際に人を殺めた経験を持つ子供達も多いようだ。
 前述の元少女兵は言う。

カラシニコフはきらいです。形も、手触りも、においも。もう、見たくありません(13p)

 希望に満ちた子供達の将来を奪い取った内戦の罪は重い。

 ここで、若干脱線するが、シエラレオネ内戦と少年兵の存在について、示唆を与えてくれる映画を紹介したい。

ブラッド・ダイヤモンド [DVD]

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 当映画は2006年に公開された。舞台は内戦当時のシエラレオネであり、レオナルド・ディカプリオが白人傭兵に扮し、RUFに武器を調達し、代わりに受け取ったダイアモンドをリベリアに密輸しようとするところから話は展開する。内戦の様子、ダイヤモンドの採掘現場やRUFの横暴、少年兵の存在等が描写されている。
 ストーリー自体はフィクションであろうし、描写も厳密には現実と違う部分が多いのかも知れないが、現実を忠実に再現したと思われるシーンが多数見受けられた。なぜなら、この本書に記述されたシーンがあるからだ。
 例えば、シエラレオネで産出したダイヤモンドをリベリア経由で輸出することを説明したシーン等がある。上述した少年兵の拉致・育成、戦場への動員も詳しく描かれている。RUFの兵隊が、ある意味寄せ集めのアマチュアの集団であることも演出で伝わってき、リアルである。

 ついでにもう一本関連映画を紹介したい。AK47を含めた武器全般を取引する武器商人の話である。ノンフィクションに基づくフィクション映画とされている。

ロード・オブ・ウォー [DVD]

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 2005年公開の映画である。主人公ニコラス・ケイジが扮するのは、冷戦後期から冷戦終了後に暗躍するアウトローの武器密売人である。ビッグビジネスは、国と国との戦争の時にある、との信条を胸に、レバノンアフガニスタン等世界中の紛争地域に武器を売りさばいていく。冷戦後は、必要のなくなったソ連の大量の武器を押さえ、その在庫を元にビジネスをさらに展開していく。
 そして、そのビジネス展開先の一つがリベリアである。本作中のバプティスト大統領のモデルはチャールズ・テイラーであり、まさに残虐非道の様が描かれている。
 本作も、随所にリアルな描写が見られ、例えば、マリファナと弾薬を混ぜて吸引するシーンやテイラーがダイヤモンドを通貨にするシーン、またAK47をAngel Kingと隠語で呼ぶシーン等多数ある。

 今までの一連の話の理解のイメージをより鮮明にするために、興味を持った方は、上記2本を観てみるのもよいかもしれない。


 本の方の話に戻るが、本書は、上記のシエラレオネ内戦の記述をきっかけに、カラシニコフの発明者のインタビュー、カラシニコフの機器的構造、世界的流通の経緯、シエラレオネ以外のアフリカ諸国での使用状況を詳述する。ソマリランドにおけるAK47管理をきっかけにした治安の飛躍的回復状況等もレポートされており、決して暗い話だけではない。

 個人的に興味深かった点は、世界の多くの紛争地で働いた経験を持つ日赤九州国際看護大学教授で医師の喜多悦子氏が著者に語った「失敗国家の見分け方」である。
 第一に、「警官・兵士の給料をきちんと払えているか」。これは国が国民の最低限の安全を保障する意志があるかを判断する基準となる。
 第二に、「教師の給料をきちんと払っているか」。教育は国の将来の基礎となる。しかし短期的な見返りはない。つまり国家が長期的な展望を持って、国と国民を育成する意志があるかを判断する基準となる。
 おまけとして、「閣僚の半数以上が子弟を欧米の学校に行かせたり、家族を国外で生活させているか」。つまり執政者自身が自分の国を信じていない国が、まともに育つわけがないということである。
 またに現地滞在者視点の基準で、実に興味深い。一つ目と二つ目の基準はともかく、「おまけ」の基準など、もしかしたら我が日本でも将来起こりうるのではないか。

 最後に、本書で取材を受けているフレデリック・フォーサイスについて触れておきたい。フレデリック・フォーサイスはイギリスの作家である。彼は19歳の時に空軍に入隊し2年勤務、またジャーナリズムの世界に入ってからも1967年にBBC放送のナイジェリア内戦、所謂ビアフラ独立戦争の取材特派員として現地入りした経験を持つ。つまり軍隊、戦争を現場で見てきた作家なのである。
 本書内では、実際のAK47の使い勝手をフォーサイスに取材するとともに、フォーサイスが関わったとされるある国に対するクーデター計画の真偽を著者が取材している(この話は面白いので次回以降に詳述する)。
 フォーサイスの代表作は、フランスのシャルル・ド・ゴール大統領暗殺未遂事件を描いた処女作『ジャッカルの日 (角川文庫)』、また3作目『戦争の犬たち (上) (角川文庫)戦争の犬たち (下) (角川文庫)』等があるが、いずれの作品も戦争・戦闘に詳しい傭兵や暗殺者が登場、活躍する(ちなみに両方ともベストセラーである)。
 次回の書評であるが、この『戦争の犬たち (上) (角川文庫)戦争の犬たち (下) (角川文庫)』を取り上げる。
 この話は、独裁国家ザンガロ共和国政府を転覆させるために、イギリスの大資本が傭兵を雇いクーデターを企てるという話なのだが、このフィクションのストーリーには明らかにフォーサイス自身の体験が隠されていて興味深い。
 勿論、小説としても極めて面白く、久しぶりに時間を立つのを忘れ、文字を追い、頁をめくることに没頭する感覚を得た。
 次回はその小説のストーリーと史実を照らし合わせながら、そのあたりのことをすべて紹介したい。

[読書候補本メモ]

ジャッカルの日 (角川文庫)

ジャッカルの日 (角川文庫)