『歴史の愉しみ方』の磯田道史さんは司馬遼太郎さんを越える歴史家になるのでは

歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)

歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)

私は忍者の古文書を読みながら全国をさすらう旅を夢想し恍惚とした。(同書9p)

本当に面白い本は、その著者がそのテーマについて、もう、好きで好きでしょうがなくて、その面白さを純粋にみんなに伝えたい!、という熱気が文中からにじみ出ているものですが、本書はまさにそのような本です。

著者の磯田さんは、静岡文化芸術大学准教授の日本史研究の専門家。
13歳の時、「しばらく学校の勉強をやめて」先祖の古文書解読プロジェクトを一人で開始。その時以来、学業も含めてあらゆる古文書を原文で読みあさり、今では古文書をスラスラ速読できる超人です。さらに、全国に散らばる未解読の激レア古文書を探しだす才能も合わせてお持ちのようです。
さらにさらに、33歳まで定職がなく、古文書を探して全国行脚していた、という自分の好奇心に嘘をつかなかったことを示す経歴も、強い信頼感を与えてくれます(笑)。
そんな方が書く著作が面白くないわけはなく、実際、2003年に出版された『武士の家計簿』は、映画化までされました。

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

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武士の家計簿(初回限定生産2枚組) [DVD]

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本書は、新聞の連載や雑誌の寄稿をまとめた本なのですが、何よりも書かれている情報がすべて古文書という一時情報に基づいているので、我々現代人が持ちがちな、歴史に対する中途半端な妄想や美化が混入していないのが素晴らしいです。初めて聞くことばかりなのに、ディテールに「生の人間臭さ」が宿っているというか。

例えば磯田さんは、忍者の実体を探るため「忍者の履歴書」を探します。そこでたどり着いたのが早稲田大学中央図書館に残る岡山藩士の奉公書(=履歴書)でした。岡山藩士はほぼ全員の奉公書が残っており、そのなかに忍者のものも残されているのでした。
では、そこには我々が知る超人的な忍者像が残されているか、、というと、高所から落下したのか「打身痛」で隠退した忍者の記録を発見したりします。忍者も人間。なんとも人間味があっていい。
その他、坂本龍馬の業績の本当のところや、島津藩士が妙に強かった理由等、興味深いテーマについて、古文書の解読を通じてその実像にぐんぐん迫られます。
一方、ところどころ著者の歴史愛に溢れる記述が散りばめられています。特に私は後半で紹介されている「関ヶ原見物作法」が衝撃でした。現代技術の結晶である新幹線があるからこそできる、歴史の愉しみ方もあるのだなと。

さらに、磯田さんは、志も高い方と見受けました。今は過去日本列島を襲った津波に関する古文書を紐解くため、津波に襲われた歴史がある街、浜松市にある静岡文化芸術大学で研究を続けておられます。既に見つけられた資料から得られた情報も解説されているのですが、これがまた詳細で、これは地震学者も磯田さんと連携を急ぐべきなのでは、と思わされます。

磯田さんは故・司馬遼太郎さんに敬意を持たれているようであるが、私は司馬さんをも越えるポテンシャルを持たれた歴史家だと、率直に思います。