『印象派という革命』で感じる経済思想史
- 作者: 木村泰司
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/01/26
- メディア: 単行本
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経済学とは、限られた資源(資本、労働等)をどのように分配すれば、社会全体の最適化を図れるか考える学問である。
しかし、経済学も含めた一般的に社会科学といわれる学問は、感情を持った生身の人間の行動が重要な要素を占めるので、「何が正しい」とされるかは、時代により異なりうる。
例えば、保守的な思想が求められる時もあれば、革新的な思想が求められる時もある。経済的自由が求められる時もあれば、経済的平等が求められる時もある。資本主義が求められる時があれば、共産主義が求められる時もある。
このように、どちらも100%正しい/100%間違っていると言えない両極端の思想の間を時流に応じて行ったり来たりするのが、経済学の思想史である。
そして、そのような「思想のうねり」が、現実の経済政策にどのように影響を与えているのか、それを感じるのが経済学の面白さの一つである。
そのような「思想のうねり」の躍動感を経済学の本(たいてい面白くない)でなく、この『印象派という革命』という本に強烈に感じたので推薦したい。本書は、我々日本人にも人気がある印象派の画家(マネ、モネ、ルノワール、ドガ等)の生涯と作品を各章ごとに紹介していく。著者は、米カリフォルニア大学バークレー校で美術史学士号を修め、ロンドンサザビーズの美術教養講座にてWORK OF ART修了、それ以外はほぼ謎の人物である。書籍としての特徴として、本書の前篇といえる『名画の言い分』と同様に、冒頭40ページにわたり、本文中で紹介されている絵画がカラーで美しく掲載されていることが挙げられる。
そして本書は、第一章「フランス古典主義と美術アカデミーの流れ」が特に素晴らしい。この章において、フランスの芸術界の主流が、保守⇔革新、理性⇔感性、フォルム重視⇔色彩重視、貴族⇔ブルジョワジー等、真っ向から対立する軸の間をいかに行ったり来たりしてきたかを概観する。そして、そのシーソーのような「思想のうねり」が繰り返されるなか、前衛的、革命的といわれる印象派が生まれる土壌が醸成されていく過程を描き出すのだ。
印象派が世に出てきた時代は、「美術アカデミー、官立美術学校、サロン」という所謂ガチガチの体制に沿わないことには、画家としての成功が望めない時代であった。
そもそも、その美術アカデミーが創設されたのは、1648年。中世の時代より労働者階級に属していた画家の社会的地位向上させ、当時芸術の先進国であったイタリアに追いつくために創設された組織であった。2世紀後は保守の権化となるこの組織も、創設当時は革新的な組織だったのだ。
まず、その美術アカデミーから、自身も貴族であるプッサンを中心として「フランス古典主義」が広まった。社会的地位の高い貴族を顧客として、感性よりも理性や知性、色彩よりもフォルムを重視した絵画が描かれた。テーマは、当時高貴とされた歴史画であった。国家の栄光を高めたい当時のルイ14世の絶対王政の意向と合致し、フランス芸術界の主流となった。
ニコラ・プッサン『アルカディアの牧人たち』ルーヴル美術館
一方、17世紀末になると、ルーベンス、ヴァトーが起点となり「ロココ絵画」が生まれた。ルーベンス達は、自然に忠実な色彩は万人に対して魅力的であると信じ、主に恋愛の世界をテーマとした、理性よりも感性、フォルムよりも色彩を重視する絵画が描かれた。古典主義に真っ向から逆らうこれらの絵画は、当時勃興していたパリのブルジョワジーに人気を博し、その後王侯貴族まで魅了することになる。王族の中での庇護者は、かのルイ15世の寵姫、ポンパドゥール夫人であった。
アントワーヌ・ヴァトー『シテール島の巡礼』ルーヴル美術館
しかし、現在もベルサイユ宮殿に残るポンパドゥール夫人のために建てられたプチ・トリアノン宮(夫人は完成を待たず死去)には、既に新たな芸術様式「新古典主義」が表現されていた。18世紀後半に流行したこの様式は、古典文学や聖書を主題にし、神々と人間を混在された格調高い歴史画を中心に、再び感性よりも理性、色彩よりもフォルムを重視した絵画が多く描かれた。まさにロココ絵画の反動といえるこの様式が広まった背景には、フランス啓蒙主義の発展で、合理主義が広がり、それが芸術にも影響を与えたことがあるといわれる。
ジャック=ルイ・ダヴィッド(新古典主義の代表的画家)『ナポレオンの戴冠式』ルーヴル美術館
しかしまたまた、19世紀前半には、「ロマン主義」が新古典主義のアンチテーゼとして台頭する。時代は、フランス革命後民主主義が進み、産業革命を経て社会が急速に近代化する時期であった。その時台頭しつつあったブルジョワジーを対象に、理性よりも感性、フォルムよりも色彩を重視する絵画が描かれた。特に大画面の歴史画よりも、中世、近世の実際の出来事や寓話をテーマとした、小さめで親しみやすい風俗画、風景画が好まれた。顧客であるブルジョワジーは、古典的教養や、伝統的に培われた審美眼を持っていなかったのだ。近代化した社会において、芸術を王族が独占することができなくなっていた。日本美術に対する興味も含めた異国趣味が好まれたのもこの時代であった。「民衆を導く自由の女神」で有名なドラクロワはロマン主義の旗手である。
ウジェーヌ・ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』ルーヴル美術館
そして、そのロマン主義から派生する形で、田園風景にある郷愁や安らぎの表現により重きをおいた「バルビゾン派」が生まれ、印象派の源流となっていく。「落穂拾い」「種まく人」で有名なミレーもこの流派に属する。
ジャン=フランソワ・ミレー『落穂拾い』オルセー美術館
では、それ以来、印象派の絵画が一気に花開いたかというと、そうではなかった。ロマン主義の台頭の反動で、逆に美術アカデミーはより一層保守化してしまう。しかも、なんと社会のブルジョワ化がその権威を高めてしまう。
しかし、一方で保守化しすぎた権威というのは綻びをみせるのが世の常。そして、古典主義しか受け入れない美術アカデミーと、審査基準が安定せず機能不全に陥ったサロンに対抗する形で、1874年に第一回印象派展が開かれ、印象派が本格的に世に出ていくのだ。
このようなフランス芸術界の「思想のうねり」の躍動感をみると、どうにも印象派が革新的足り得たのは、美術アカデミーを中心とした体制側が超保守的だったことが功を奏したように思えてならない。
そして、この「思想のうねり」の躍動感は、経済思想史のそれと似ているように思えてならない。
例えば、「効率」⇔「公正」という軸に着目し、戦後の日本の経済思想史振りかえると、まず、高度経済成長を突き進んだ結果、1960年代には科学技術が万能視され、「効率」を至上目的とした計画経済思想が広がった。しかし、環境破壊、貧困の拡大等、様々な矛盾が顕在化するなか、「効率」という言葉が反社会的なニュアンスを帯びる。そこで、1970年は「公正」重視の経済学、ケインズ経済学が主流となる。しかし2回のオイルショックを経て、主要経済が構造不況に陥る中、1980年は、レーガン、サッチャー、中曽根コンビが新保守主義と呼ばれる一連の政策(各種規制緩和、国営企業の民営化、市場主義政策)を実行し、学会もサプライサイド経済学等「効率」重視の思想が主軸となる。そして、日本はバブル経済を謳歌し、1990年にそれが崩壊。その後「失われた10年」と呼ばれる停滞に入り、また思想の軸は逆に振れるが。。。
もし、私が経済学初学者の授業を受け持つ講師なら、いきなり小難しい専門書を渡すより、この『印象派という革命』を参考文献として提示したい。そして、フランス芸術界とのアナロジーを十分効かせながら、経済思想の流れを概説するという、シャレオツな授業をしたいと思う次第だ。
以上、ちょっと変わった視点かもしれないが、「経済学初学者向け参考文献」として、本書を強くお勧めしたい。
【参考文献】
名画の言い分 数百年の時を超えて、今、解き明かされる「秘められたメッセージ」
- 作者: 木村泰司
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