第1冊目 『チョコレートの真実』 

チョコレートの真実 [DIPシリーズ]

チョコレートの真実 [DIPシリーズ]

 これから長く続くアフリカ関連書籍の書評の第一歩目となる本である。つまり、アフリカ紀行の始まりである。

 唐突だが、評者は子供の頃よりチョコレートに目がない。現存する子供の頃の誕生日の写真を見ても、毎年、中央のケーキは茶褐色だ。
 そんな私だが、先々月諸事情で3週間甘い物を制限した期間があった。一年ぶりの食事制限で、ライフワークのフリークライミングのため、とは言え、中々タフである。期間中、何も買わないのにコンビニのお菓子売り場を5軒くらいはしごしたこともあった。
 そこで、私は一種の鎮痛剤として、食事制限中の腹いせを読書に向けることにしている。具体的には、今一番食べたいものに関する書籍を読んで、頭で夢想するのだ。口にはできないながら、その食材のことを一層深く知ることになり、一定の満足感を得られる(余計に飢餓感が募るという噂もあるが・・)。
 そんな中、手に取ったのが本書だが、その内容は衝撃的なものだった。

 邦題は「チョコレートの真実」とあるが、原題を直訳すると「ビター・チョコレート〜世界で最も魅力的なお菓子の陰の部分を調べて〜」となり、原題の方が、この本の趣旨をそのまま表現している。ビターの「苦い」は当然多義である。

 日本を含めた先進国では、チョコレートは容易に手に入る代表的な菓子の一つである。しかし、そのチョコレートの原料となるカカオ豆の世界最大の生産地であるアフリカ・ギニア湾沿岸の国々では、最貧民層の農民が圧政や紛争に怯えながら、まさに血肉を削ってカカオ豆を生産している人々がいる。
 著者は、コートジボアールにて詳細な現地取材をし、それら生産現場で生きる人々の生活模様をリアルに描き出している。

チョコレートを食べている人は、オレの肉を食べていることになるんだ(本書169p*1


 本書内で取り上げられているある少年の一言である。
 カカオ豆の生産には貧民層の人々だけでなく、学齢期の子供達がその強制的に労働に動員される場合もあり、著者も現地取材の中で児童労働者の存在について突っ込んで取材している。その様子はまさに現在の奴隷制である。

 しかし、本書の俊逸な点は、現地取材のみに終始せず、歴史的、地政学的、民族的背景や、現地労働者の経済的事情等に関する膨大な説明を加え、読者がこの問題を多面的に捉えられるよう工夫されている点である。

 著者によると、大戦後コートジボアールは、建国の父フェリックス・ウーフェ−ボワニのリーダーシップ(特に宗主国フランスとの実利的な関係構築。独裁という議論も有)により、世界市場へのカカオ供給を通じてアフリカで最も安定し、繁栄を謳歌する国であった。
 しかし、彼は、権力末期に、港湾・ホテル等の大規模な公共事業により発生させた膨大な政府債務に加え、カカオ豆の国際市場価格の下落に戦いを挑み敗退。それが原因となり1987年、政府を破綻させてしまう(負債総額45億ドル)。さらに経済封鎖・他国との密約等で状況の改善を謀るが、裏目にでてしまい、カカオ豆価格の下落により国民を更に困窮の中に押し込んでしまう。
 そこで、ウーフェは、IMF世界銀行に救済を頼むことになり、レーガン新自由主義的財政・外交政策、所謂「ワシントンコンセンサス」を受け入れ、国内農民を国際競争の波にさらしてしまうことになり、結局チョコレート企業や多国籍食品輸出企業のみを利し、国内農民を更なる貧困に突き落とすことになったと、著者は指摘している。「ワシントンコンセンサス」の被害者は南米諸国のみではなかったわけだ。
 そして、貧窮した国民の間には、外国人、他民族の排斥の動きが始まり、軍隊、民兵組織の台頭していったという。
 しかもコートジボアールの隣国は専横極める軍閥大統領チャールズ・テイラー率いるリベリアである。カカオ農園の利権を狙ってテイラーがコートジボアールに傭兵を介入させ、事態は更に悪化する。尚、テイラーは傭兵に少年を使うことで有名であり、リベリアまたその隣国シエラレオネ内戦では少年兵の問題が深刻であった*2
 現在では、各国政府、各国企業また国際機関が少年労働の問題や農民の貧困問題に積極的に取り組んでおり、その取り組みも本書で紹介されている。しかし、著者も指摘しているが、まだ歩くべき道程は長いようだ。

 このように著者は、コートジボアールが現状に至った理由が、富裕層による貧困農民からの搾取等、国内的要因のみではなく、同時に国際政治や周辺国政情等国外的要因も複雑に絡み合ったものであることを詳細に表現している。「これを解決すれば、すべて丸く収まる」という類の問題ではないことを痛感させられる。痛感するが故に深く考えさせられてしまう。
  
 以上の様な、チョコレートを巡る歴史や現状が詳細に記されているため、400ページ近い分量になっているが、アフリカ諸国の問題が、ローカルで散発的なものでなく、その背景に、冷戦構造時の遺産、国際政治の変遷、グローバリゼーションの進展、周辺国政情等、多数の要因が存在しうること学ぶことができるなら、決して大書ではないだろう。むしろ先進国住民として必読書といえる。

 本書の衝撃により、私はアフリカへ開眼することとなった。
 次回はアフリカ各国で頻発する内戦、とくにシエラレオネ内戦とその背景を、使用される”悪魔の武器”と言われる自動小銃AK47カラシニコフ)に関する書籍を通じて考えたい。書籍名は松本仁一著『カラシニコフ』を予定している。

*1:同発言はドキュメンタリー映画奴隷制−その全容を探る Slavery: A Global Investigation」の中で取材を受けた少年が発言しているものである。一次情報がYouTubeにある。

*2:リベリアとチャールズ・テイラーとシエラレオネ内戦、少年兵の存在等については、別の書評で詳しく述べる。映画ロード・オブ・ウォー [DVD]バプティスト大統領のモデルは、チャールズ・テイラーとされている。チャールズ・テイラーはアメリカで教育を受けており、作中のバプティスト大統領のたどたどしい英語がリアルである。現在チャールズ・テイラーは国際刑事裁判所に起訴されている。