第4回:語学学習法について〜まとめ〜

下文は、私がフランス留学時代に書いた語学勉強法についての文章です。10年以上前の文章なので、細部に関して考え方を変えたところはありますが、大枠現在もこのような考え方を支持しています。ご参考まで。山田義久 2012年1月

さて、第一回、前々回、前回と語学勉強の方法論をいろいろ見てきました。今回は 、まとめとして、紹介した方法論をもとに、総合戦略を組立ててみたいと思います。 対象は、グルノーブル在住、フランス語は初級の方とします。
 基本方針としては、楽しく勉強することです。楽しく勉強しながら、フランス語( 聞く、読む、話す、書く)を身につけていくのが目的です。そのために「二つの作業 」を提示します。

 多くの語学学校でテキストを渡されますが、大概そんなテキストを読まされても、 楽しいどころか、興味すらわきません。それでは、自分で面白いテキストを作ってみ てはどうでしょうか?これが一つ目の作業です。  自分が(日本語で)日常使っている会話の表現、日本人としてフランス人に言って みたいこと、最近見た映画の感想など、自分が興味あることなら何でもかまいません から、まず日本語で書いてみます。それを和仏辞典片手に訳して、フランス人に添削 してもらいます(もちろん、作文能力に自信がある人は、いきなりフランス語で書い ても全くかまいません)。
 そうしてできたテキストはまさに、自分の、自分による、自分のためのテキストで す。それをもとにフランス人に正しい発音を教えてもらい、その後、音読することに よって、内容を頭と口で覚えてしまいます。さらに、そのテキストをフランス人にテ ープに吹き込んでもらい、常にウオークマンで聞くようにすれば常に正しい発音をチ ェックできます。そうすることによって、「話す」「聞く」「書く」能力をある程度 までバランスよく伸ばせます。これらの方法は第一回で紹介した通りです。自分専用 のテキストを作る、これが一つ目の作業です。
 二つ目の作業として、自分のフランス語に厚みを持たすために、文学丸暗記をはじ めます。この方法のメリットとデメリットは前回述べたとおりです。ただ、この方法 の主要目的は、フランス語特有の表現とリズムを、大量に頭と口に吸収させるという ことなので、別に自分の興味のある分野の本(経済、政治、科学、映画、料理(!? )など)なら何でもいいと思います。ただ日常生活上での実用性の上では文学が適当 だろう、というだけです。ここでも楽しく、興味のあることを勉強するということが 大切です。そのうち、フランス語の表現、リズムが身に付いてくると、自然に「読む 」力も付いてきます。以上が二つ目の作業です。
 重要なことは、この二つの作業を同時並行で進めることです。必ず、一日作文1ページ、 暗記1ページなど自分に課して習慣にするべきです。

 さて、以下は以上の戦略を実践するための具体的なノウハウに移ります。

 自分のテキストを作るためには、自分のために時間を割いてくれるフランス人がい なければなりません。添削してもらうにも、テープに吹き込んでもらうにも、量が増 えるとかなりの仕事量になります。正確な発音を習得するにも、何日間かかけて、早 いうちにじっくり教えてもらうべきです。フランス語の発音は、日本語の発音の座標 上にありません。母音にしても、子音にしても全く別の発音体系としてとらえるべき です。そのような多大な仕事を引き受けてくれるフランス人は、まずいないと思うし 、引き受けてくれたとしても、自分の方に後ろめたさが残るでしょう。
 そこで、フランス人の家庭教師を雇うことを強くお勧めします。自分も報酬を払う 代わりに、しっかり仕事をしてもらう、そういったギブアンドテイクの関係にあるフ ランス人を確保するのが、まとまった仕事を効率よくこなしてもらうためには、最善 の策と考えます。
 家庭教師のメリットには、まとまった仕事を責任を持ってこなしてもらえる、とい う以外にも、一対一の緊張感が得られる、ということがあります。フランス人と一対 一で、持っている単語を総動員して、コミュニケーションをする。そんな試行錯誤が 上達の糧になります。
 グルノーブルであれば、CUEFの非常勤教師を雇えます。セクレタリアに行って 紹介してもらえます。相場は一時間100〜150FFぐらいでしょうか?それは、交渉次 第です。一見高い!と思えますが、CUEFの正規のコースをとることを考えれば、 かなり安上がりだと思います。

 正しい発音を身につけた後なら、第二の作業、文学丸暗記をはじめることができま す。これは、自分でどんどん進めていくべきです。たまに、暗記した部分を家庭教師 に聞いてもらって発音を矯正してもらったり、わからないところを説明してもらった りすれば滞りなく作業を続けていけます。家庭教師に最初の一章だけでもテープにと ってもらうのも効果的でしょう。
 補足ですが、フランス語で文学丸暗記をしようとすると、単過去の問題があります 。単過去を覚えても、実際の会話ではほとんど使いません。よって、できるだけ単過 去を多く含む本は避けるべきでしょう。これは、個人的に推薦するのですが、Albert Camus の l'Etranger です。これは、単過去がかなり少なく、文体も簡潔です。しかし、いろんな表現が網 羅的に使われていて、かなり勉強になります。舞台も、レストランとか、家の中とか 、日常生活の描写が多く、そのまま会話に使えるような表現が沢山あります。

 以上、家庭教師を雇うことを前提にした方法を紹介してきました。しかしながら、 誰でもまず、語学学校に入ることを考えると思います。もちろん語学学校には語学学 校のメリットがあります。いろんな国の友人ができたり、一つのテーマについていろ んな国の人が議論したり、と面白いことは沢山あります。ただ、どうしても語学学校 の授業だと受け身になりがちです。先生側としても一人一人の成長度をチェックでき るかといえば、なかなか難しいと思われます。
 家庭教師と語学学校、まさに一長一短なのですが、これは好みの問題もあるので、どちらがいい!!など一慨にいえないのですが、自分で自分の足りないものを分析し て、それを補うためにはどちらが有効か、冷静に考えることは重要だと思います。

 以上の方法を実践することによって、フランス語の基礎を身につけることができる 、と確信しています。つまり、一定のフランス語の表現能力(聞く、読む、話す、書 く)を身につけることができるということです。ただし、検定試験に受かるとか、専 門分野の論文を書く、とかにこの方法は最適だと思いません。
 フランスで生活を営むにおいて、フランスにおける生活を楽しむにおいて、フラン ス語の基礎的な表現能力は必要です。検定試験に受かるとか、専門分野の論文を書く 、とかだけが目的ならば、以上の方法は必要ないでしょう。しかし、あくまでフラン ス語の基礎的表現能力を手に入れ、ある程度フランスでの生活を楽しめるようにもな った上で、検定試験をめざすなり、専門分野の研究をした方が、おなじ、検定試験を めざすなり、専門分野の研究をするにしても、どちらが豊かで、どちらが単純に楽しいでしょうか?

 そこで本エッセイの基本方針に戻ります。「楽しく勉強すること」。

 短期的(基礎的な表現能力を得る)にも長期的(検定試験をめざす、専門分野の研 究をする、など)にも、以上の方法ならば、楽しく勉強をし続けられると考えます。 上達も少なくとも基礎的な表現能力を得るまでは保証します。楽しく勉強する方法と 、上達に対して効果的な方法は、少なくとも初歩的な語学学習においては、同じであ り得ると確信しています。
 「研究が忙しくて時間がないんだ!」などの批判がありそうですが、少なくとも、 自分のテキストを作って覚える作業を毎日1時間3ヶ月続けるだけでも違いは現れると 思います。さらにウオークマンなどを積極的に使えば、仕事中、移動中の隙間時間を 有効利用できます。シュリーマンが語学を学んだのは常に働きながらだったことを忘れてはいけません。

 以上の総合戦略をもって、数回に渡った語学学習の方法論についての話は終わりで す。僕自身、まだまだフランス語勉強中で、試行錯誤を繰り返す毎日です。今回、斬 仏剣のなかに自分の言いたい放題をいえるスペースをもらったことを「こりゃ、いい 機会だ!」と、浅学を顧みず、思い切って、現時点で僕が考える最善の語学勉強法を 紹介してみました。一般的に広まっている勉強法に対して常に感じていた違和感が出 発点になり、先人の知恵を参考にして、自分の体験を通じて考えたものです。今後の 議論の踏み台になれば、幸いです。