第3回:語学学習法について〜文学に学ぶ〜

下文は、私がフランス留学時代に書いた語学勉強法についての文章です。10年以上前の文章なので、細部に関して考え方を変えたところはありますが、大枠現在もこのような考え方を支持しています。ご参考まで。山田義久 2012年1月

前回では、シュリーマンフォン・ノイマンなどの先人の勉強法を見ていきながら、 効率的な勉強法として、作文勉強法を紹介しました。今回は前回の最後で問題になった、 もう一つの勉強法、文学丸暗記を検証していきたいと思います。

 実は、日本にすでにこの丸暗記法を提唱している人がいます。「「超」整理法」などの 著書で知られる野口悠紀雄氏です。彼が彼の著書の「「超」勉強法」の中で以下 のようなことをいっています。学者である野口氏の体験からくるノウハウには説得力があります。

 私は、学生時代を通じて、英語の勉強は少しも苦にならなかった。方法は全く簡単で、 教科書を最初から丸暗記したのである。このために特別の努力はいらない。 単語の意味をひととおり辞書で調べたのち、朗読する。その際、 難しい文法のことは考えず、また暗記しようと特別の努力もしない。単語帳も作らない。 ひたすら朗読するのである。
 (中略)多くの人は、「個々の単語を記憶するだけでも苦労するのに、ましてや教 科書を全部覚えるなど大変だ」と思うだろう。しかし、この考えは、誤りである。丸 暗記するのは、実に簡単だ。二十回も繰り返し読めば、自然に覚えてしまう(20回と いうことに、格別の根拠はない。私の場合を振り返るとそのくらいであったろうか、 という程度である。記憶力のよい人なら、もっと短縮できるかもしれない。また記憶 しようとして注意を集中すれば、短縮できるかもしれない。 なお、教科書の1ページくらいをひとまとまりの単位として覚えてゆく)。
 20回も読むのは大変と思われるかもしれない。しかし、時間さえあれば、 誰にもできる。
 (中略)この際、なるべく音読する。そして、耳で聞く。五感の多くを使う方が、 覚えやすい(五感を使う方法は、記憶一般について有効だ)。また、眠くならないし、 他の刺激に邪魔されることもないから、集中できる。

 では、丸暗記法のメリットとは、何なのでしょうか?以下、自分の体験と照らし合 わせて、メリットとデメリット両方についての僕の見解を述べていきます。基本的な メリットは前回紹介した作文勉強法と重なるので、重ならないメリットを重点的にピ ックアップしました(ここでは、フランス語を取り上げていますが、他の外国語につ いても同じようなメリット、デメリットがあります)。

メリット

・単語、熟語をかなり覚えることができる。
文学作品となれば、少なくとも100ページを越えるものが大半です。 それをすべて覚えることができたら、かなりの単語、熟語を覚えたことになります。 さらにそれらの単語、熟語が使われている背景ごと覚えているので、 それらの用途も自然に学べます。

・実用性
 文法の規則などは、当然、それ自体が、フランス人とのコミュニケーションに役に 立つわけではありません。文法書の規則を覚えて、それに基づき、表現を作ることは できますが、実際の会話においては、文法の規則を想起している暇はありません。仮 に表現がつくれたとしても、自分が作ったその表現が正しいのか、一抹の不安が残り ます。
 しかし、文学作品を覚えることによって、大量の「表現のモデル(文単位、文のか たちといってもいい)」を頭と口に覚えさすことになります。実際の会話は、それら の「表現のモデル」をもとに、多少の単語の入れ替えを加え、成り立ちます。さらに、 それらの大量の「表現のモデル」は、文法書にのっている規則により考えられる表 現のパターンの大半を網羅していています。よってフランス語特有の表現を含めた、 幅広い表現が身に付きます(下記詳細)。
 書くことも同じです。「表現のモデル」をもとに作文することができます。

・日本語の発想ではでてこない表現を身につけることができる。
 前回の作文勉強法になくて、文学丸暗記法にある最大のメリットはこれです。フラ ンス語の表現には、日本語の発想からはどうしてもでてこないものがあります。

 例えば、「よしのすけには長い間あっていない」という文を、我々の普通の感覚で 訳すと

Je n'ai pas vu Yoshinosuke pendant longtemps.   

 この文は、文法的には間違えていませんが、フランス人ならむしろ

 Ca fait longtemps que je n'ai pas vu Yoshinosuke. というでしょう。

 このようなフランス語の表現の可能性を、大量に、しかも正確に身につけるために は、文学丸暗記法は効果的だと思います。

・フランス語のリズムを覚えることができる。
 フランス人の書いたものを読んでいても、会話しても、そのフランス語にはリズム があります。そのリズムは理解に対して大きな影響をもちます。そのリズムを身につ けるには、フランス人と長時間話すか、フランス人の書いたものを繰り返し読むしか ないと思います。

・忘れたときによるものができる。
 フランス語はやはり外国語です。いつかは長期間話さないこともあると思います。 そうすれば、徐々にフランス語を忘れていくのは当然です。その時に、自分の覚えた ものがあれば、それを復習することによって、かなり思い出すことができるのでは、 と考えています。 

デメリット

・忘れる
 野口氏は「二十回も繰り返し読めば、自然に覚えてしまう」といっていますが、 僕の経験では、覚えようとかなり意識しながらでも20回で丸暗記するのは、辛いです。 さらに一度覚えたとしても、一週間もあれば、かなり忘れてしまいます。かなり覚え ている部分と、ほとんど忘れた部分との差ができたりもします。これは、「とりあえ ず、20回読んだら、次に進む」など、ある程度の割り切りが必要です(一度、覚えよ うとしたものは、その後、忘れてしまったとしても、実際の会話などで必要があれば 、自然にでてきたりします。よって「あまり一言一句すべて覚える」ことにこだわる 必要はないと考えます)。

・時間がかかる
 音読という作業はかなりの時間がかかります。一日、1ページを20回ずつ、 読んでいくとすると、150ページの本を読み終えるのに、5ヶ月かかります(5ヶ月しかかから ないともいえますが)。なお、覚えることを意識しながら読むとするならば、 1ページ20回読むのだけでも、何時間もかかります。それを5ヶ月続けるためには、かなり自 由に時間をつかえるような立場でなければ、厳しいです。

・専門が偏る
 やはり、文学には文学的な表現もあり、極力それを避けるようにするのが、賢明だ と思います。さらに、フランス語には単過去という、文学にしか使われない文法もあ ります。よって、覚える対象をしっかり吟味する必要があると思います(次回参照)。

 以上、文学を丸覚えするという方法のメリットとデメリットをみてきましたが、結 論は、メリットの方が、デメリットに比べ大きいと考えます。フランス語特有の表現、 リズム、文脈を身につけるのと、身につけないでは、コミュニケーションの幅がか なり違ってくると思うからです。
 次回は、今回までに紹介してきた方法をすべてふまえた、フランス語を勉強するた めの総合戦略を提案したいと思います。

参考文献:「「超」勉強法」 野口悠紀雄 講談社

「超」勉強法

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