第2回:語学学習法について〜先人に学ぶ〜

下文は、私がフランス留学時代に書いた語学勉強法についての文章です。10年以上前の文章なので、細部に関して考え方を変えたところはありますが、大枠現在もこのような考え方を支持しています。ご参考まで。山田義久 2012年1月


第一回に続き、今回も語学の勉強法を考えてみたいと思います。
 以下、あえて蛮勇をふるって自分の好き勝手なことを述べていくのですが、 まだまだフランス語勉強中の僕が一人で考えた意見の中に、どこか未熟なものがあることは、 自分でも充分認識しています。そういう点については、読者の方からの御叱正を歓迎し、 そこからまた新しい議論が生まれることを期待します。

 今回は先人がいかにして語学を学んできたかを参考にしながら話をすすめていきましょう。

 まずは、シュリーマンについてです。 彼はトロヤの遺跡を発見したことで教科書にも載っている人物ですが、実は、 かなりの勉強家です。彼は生涯20カ国語以上の言葉をマスターしました。彼は若い頃、 経済的に苦しく、かなりの貧困状態で、大学にも行っていません。 勉強する環境としては決して恵まれたものではなかったでしょう。しかし、 彼は自分のおかれた境遇から抜け出すために、働きながら語学の勉強をはじめます。 以下は彼の自伝からの抜粋です。

 惨めな境遇と、努力すればそこから抜け出せるという確かな見通しほど勉学に拍車をかける 物はない。(中略)私は一心不乱に英語の勉強に打ち込んだ。そしてこの際、 必要に迫られて、私はどんな言語でもその習得を著しく容易にする方法を編み出したのである。 その方法は簡単な物で、まず次のようなことをするのだ。大きな声で沢山音読すること、 ちょっとした翻訳をすること、毎日一回は授業を受けること、 興味のある対象について常に作文を書くこと、そしてそれを先生の指導で訂正すること、 前の日になおした文章を暗記して、次回の授業で暗唱すること、である。私の記憶力は、 子供の頃から全く訓練してなかったために弱かったのだが、 しかし私は学習のためにどんな短い時間でも活用したし、時間を盗みさえしたほどだった。 (中略)こうして私の記憶力は徐々に強くなった。(中略) こういうやり方で私はゴールドスミスの「ウェークフィールドの牧師」 とウォルター・スコットの「アイゼンホー」を全部そらで覚えてしまったのである。 (中略)同じ方法を私はフランス語の勉強にも適用して、 この言葉も次の六ヶ月でマスターした。フランス語の作品ではフォヌロンの 「テレマコスの冒険」とベルナルダン・ド・サン=ピエールの「ポールとヴィルジニー」 を暗記した。こういうふうに猛烈な勉強をしんぼう強く続けたために、 一年のうちに私の記憶力はおおいに強化されて、オランダ語スペイン語、イタリア語、 ポルトガル語の習得はきわめて容易となり、 そのどれをも流暢に話したり書いたりできるようになるのに、六週間以上かからなかった。

 「興味のある対象について常に作文を書く」というくだりからわかるように、 シュリーマンも、「自分の言葉を探しだし、その外国語にしておく」(第一回参照) 作業をしています。
 これは僕のケースですが、僕はフランス語を勉強しはじめた当初、 語学学校で週5日2時間ずつの授業があったのですが、 毎日ノート1ページに1つのテーマについて仏作文をしていました。 それを学校の先生に添削してもらい、ホームスティ先のマダムの前で音読し、 発音の矯正をしてもらいました。そして自分の部屋でそれを何回も音読し、 覚えるようにしました。これを3ヶ月続けるだけで、全然違います。この時、 詳しい文法の知識は必要ありませんでした。日常生活を描写するだけであれば、 複雑な表現は必要ありませんでした。たまに、 もっと自分の考えなどを高度な言いまわしを使って厳密に表現したくなりましたが、 その時は、その度に文法書を見直して一番妥当な表現方法を探す、 という方法をとりました。
 このように、初めから文法を完全にマスターすることにこだわらず、 ある程度の基礎知識が付いたら、どんどんアウトプットをすることに重点を置いてました。 するとフランス人と話しをするときも、自然にフランス語がでてくるようになりました (もちろん会話の話題に応じて、覚えた表現の単語を少し入れ替えたりします。 しかし、それだけで、大半の状況には対応できます)。

 フランス語をこれから勉強なさる方は、まず、 文法書を10日くらいでざっとと目を通すことからはじめて、 どんどん仏作文なさることをすすめます。文法書には、わからないところ、 一回で覚えられないところがあると思います。しかしそれらにあまりこだわらず、 一回目文法書を読むときは、とりあえず最後まで目を通し、だいたいのプリンシプルと、 どのような表現があるのかぐらいを知っておくぐらいにとどめておく程度でいいと思います。

 もう一つ重要なことは、「大きな声で沢山音読すること」と思います。 会話を円滑にすすめるコツは、難しい単語を覚えておくことよりも、 簡単な表現を口に慣らしておくということだと思います。簡単な表現を 「口に覚えさしてしまう」ことだと思います。ある意味、筋肉トレーニングです。 しかし、そうすることによって、会話中にでも、いろいろ会話の内容を考える余裕ができ、 会話にリズムが生まれます。シュリーマンも音読の声ががうるさすぎて、 オランダ語を勉強中、2,3回引っ越しさせられたらしいです。
  【余談ですが、この方法のメリットは、もう一つ外国語を学ぶ時に、 大きな近道になります。例えば英語勉強したくなれば、 自分が書いたフランス語の文章を英語に換えて同じように覚えればいいのです。】

 さて、最後にもう一人、同じような方法で勉強した人を取り上げます。 フォン・ノイマンです。彼は、ハンガリーで学生時代を送り、その後、渡米し、 そこで研究を続けました。コンピューターの基礎的な原理を開発したり、 経済学で斬新な理論をつくったりと、彼の科学全般に対する貢献はすさまじく、 彼のことを20世紀最大の科学者という人もいます。
 彼は、アメリカ生まれではなかったので、当然、彼はアメリカで生活、 また研究をするために英語を勉強したのですが、彼の伝記に以下のようなくだりがあります。

 英語など外国語の習得にはうまいやり方をあみ出した。 手ごろな本を短時間にうんと集中して読み、文章と単語の感覚を頭に刷り込んだのだ。 1950年代の初め、ディケンズ二都物語」の冒頭十数ページを一語もたがわず 暗唱してハーマン・ゴールドスタインの肝をつぶしている。英語の百科事典もあさって、 興味を持った項目を一語一句覚え、フリーメーソン運動、初期哲学史ジャンヌ・ダルク裁判南北戦争のいきさつなどをつぶさに知っていた。

 フォン・ノイマンも、自分が書いたものではないにしろ、 百科事典の「興味を持った」項目を覚えてしまっています。百科事典の項目などは、 (量的に)覚える対象として適当でしょう。
 やはり問題となるのは、覚える対象が多すぎると意欲がそがれてしまうのではないか、 ということです。ですから「興味を持てるもの」を、適当な分だけ、 自分でつくってしまった方が楽しく勉強できるのでは、という考えをもとに、 上述の作文勉強法を紹介しました。
 しかしながら、お気づきのように、シュリーマンフォン・ノイマンもそれに加えて、 文学を丸暗記する作業を行っています。いくら興味があっても文学書となるとかなりの量、 そんなことやって効果はあるのか?次回はそのことも含めて、 さらに議論を深めていきたいと思います。

 意見、批判などは yoshihisa.yamada1102@gmail.com

参考文献:
「古代への情熱ーシュリーマン自伝ー」 シュリーマン・訳/関楠生 新潮文庫

古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)

古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)

フォン・ノイマンの生涯」 ノーマン・マクレイ著 訳/渡部正・芦田みどり
フォン・ノイマンの生涯 (朝日選書)

フォン・ノイマンの生涯 (朝日選書)