ジャーナリスト鈴木智彦さんとの国際交流会備忘録
先月(2012年1月)、私に日仏交流会Polycultureの幹事が回ってきました。
また、誰もしないようなぶっ飛んだテーマながら、社会の本質の一端を抉るような粋なテーマを色々模索した結果、「ヤクザ」に決めました。
実は、ヤクザをテーマに何かをする時には、必ずこの人に教えを乞おうと決めている人がいました。その方の名は、鈴木智彦さんです。
昨年、ネット上で情報を交換し合う読書狂達の中で話題になった本がありました。
それは『ヤクザの修羅場』という本です。
- 作者: 鈴木智彦
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/02/17
- メディア: 新書
- 購入: 3人 クリック: 105回
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この本は、ヤクザ専門のジャーナリストである鈴木さんが、ご自身の現場取材を踏まえながら、ヤクザの世界の過去、現在、未来を俯瞰する一冊です。私の印象では、この著作をきっかけに情報感度の高い層の間に一気に鈴木さんの名前が広がった印象があります。
この本が俊逸なのは、まず、鈴木さんのヤクザに対する距離感です。ヤクザという存在を賞賛することも卑下することもなく、自身の体験をを淡々と語る文体に説得力が滲みます。稼業の人に一定の敬意を払いつつも、おべっかに近い表現は一つも見当たらない。映画の主人公にもなるほどキャラ立ちするヤクザに対して、一定の距離感をおいて冷静に見つめるのは強固な自制心が必要と想像つきます(一方、熱病に冒された経験も率直に語っておられたりします)。
次に、描写の臨場感です。鈴木さんは新宿のヤクザマンションや大阪の遊郭、飛田新地等、取材対象となる場所に居を構え、現場の雰囲気を伝えるところから話を始めます。組織の人々とも多彩な人脈を構築され、一次情報を元に状況を紐解きます。文章と写真から現場の空気感がリアルに想像でき、紙面に引き込まれます。
著書を読んでこのような感触を持ちながら、Facebook経由でご本人と直接交渉を始めました。
そして、直に鈴木さんと接するようになって、ジャーナリストとして、人として尊敬するようになりました。
何よりジャーナリストとしてのプライドの高さ、そしてそれを隠そうとしない姿勢に感銘を受けました。社会で起こっていることに対するアンテナが高いことは当然。現場取材に踏み込んで様々なリスクをとるのも当然としながら、それを対外的にアピールする言動は一切しません。黙々と自宅と現場を往復しながら、情報を収集し、各種媒体に発信されています。
一方、鈴木さんは、ご自身が発信する情報の質には極めて鋭敏です。よって、例えば、自分が質問を受ける場合、その質問者のレベルに応じて答えの内容を極度に調整されます。人によっては尊大に感じるかもしれませんが、これは自分が知りえたことを極力正確に伝えようとする姿勢として当然であり、私は逆に誠実に感じました。
そして、それらの感覚を支えるのが、読書量です。鈴木さんは読書家であり、書籍というものの情報価値に対して極めて高い感度を有されています。精力的に現場取材を行う一方で、取材から見えたもののみに依存しない姿勢に強い信頼感を感じます。
こういう話をすると、何か機械的で冷徹な雰囲気の鈴木さん像を想像されるかもしれません。しかし、ご本人は絶対に表に出さないのですが、鈴木さんは義は義で応えようとされる方です。
そもそも、近著『ヤクザと原発』の反響は海外まで届き、連日の国内・海外メディアからの取材攻勢+自身の取材により超多忙にも関わらず、講演を引き受けてもらっただけでも奇跡に近いものがあります。しかも日仏交流会Polycultureは、ルールとして講演料を出せないのです。
そんな条件で引き受けていただいたのですが、私はやはり、プロの方に出演を依頼する以上、何らかの形で対価をお返しすべきと考えました。そこで、転用可能な講演資料を作成したり、講演の構成を入念に設計し鈴木さんの負担を最小限にしたり、著書の宣伝を若干手伝わせていただいたり、と、できる範囲で色々動いてみました。
すると、鈴木さんは、1月前まで赤の他人だった私の想像を遥かに上回る協力をして下さり、多忙な中、この講演のために完全に著書の範囲を越えたお話をご提示いただき、あわせて写真等、豊富な資料を提供して下さいました。
そうなりゃ、私も燃えます。
ということで、私も、講演資料と講演の構成を再構成、推敲を繰り返しながら、夜のスターバックスで本公演の準備に勤しみました。
結局、本番までに合計6時間を越えるミーティングと約150枚の写真資料のご提供を受け、パワーポイントのスライド88枚の資料と各スライドにつき、鈴木さんの深めのところの話を引き出す誘導質問(笑)を準備しました。
当日は、本当に手ぶらで来ていただいていいくらいでした。
が、鈴木さんはさらに好意で、講演に関わる「各種資料」を持参して下さいました。男ですね。
そして2012年1月10日本番の日が来ました。会場は歌舞伎町のレストラン、午後19時半開場、20時開演でした。
奇しくも東京は朝から雪が降り、「新宿に雪が降る日は何かが起こる」という著書で紹介されているジンクスを想起させる日となりました。
以下は本講演の概要です。
実は、今回の講演は今話題になっている近著『ヤクザの原発』の話は殆どありません。
それは、鈴木さんのジャーナリストとしてのライフワークにおいて、『ヤクザの原発』は決して「幹」でなく「枝」と考えるからです。
やはり、鈴木さんはヤクザを専門とするジャーナリストであり、『ヤクザの修羅場』で書かれているような、ヤクザ社会の栄枯盛衰を現場で観察しながら、大局観を論じていくのが本来の姿と考えます。
よって、そちらに重心を乗せた、そもそも「ヤクザの定義」とは?レベルの根源的な構成になっています。
また、固有名詞、また文章にできないことは割愛してあります。
ヤクザの世界〜Le Monde d'Yakuza〜
●鈴木智彦氏経歴
●ヤクザに対する興味を持ったきっかけ
→海外滞在時代、そしてLAでの出会い
→業界専門誌:実話時代、実話時報について
●ヤクザ用語の基礎知識
→暴対法による定義。そしてヤクザとマフィアとの違い
→指定暴力団について。指定される基準とは何か
→暴力団構成員の推移。兼業ヤクザの存在、そして実数
→代紋が記されたもの(灰皿、湯呑み、壁掛け)を作る理由(現物展示有り)
→現在進行中の抗争について概要(本講演の主軸)。その発端、経緯と被害状況、直近の状況
→刺青を入れる理由。手彫りと電気彫りとの違い。伝統工芸と言える手彫りと彫師の人数。ケムンパス刺青と男泣き
→盃〜擬似血縁制度〜。場面の詳細説明(時期、場所、装飾物、しきたり等)。被写体の方のその後
→破門、絶縁、その種類。発行される具体的理由、また直近の発行状況。使用者責任と破門状の乱発
→指を詰める理由。そもそもなぜ指を切るのか。その具体的方法と切る順番。切断後の処置詳細について
●死と隣り合わせの世界(※固有名詞を含む極度に具体的な話なので割愛)
→鈴木さんの興味の焦点、抗争。取材を通じてみた世界
→民間人の被害。それを取り巻く諸状況。表に出る状況と出ない情報
●映画『アウトレイジ』(2010年6月公開)がリアルな理由
→ヤクザ社会のテクニカルタームについて。その映画の中での表現
(5分休憩)
●ヤクザの歴史概観
→博徒系、テキ屋系、愚連隊
→歌舞伎町、加納貢という人
→暴力団の寡占化〜上位3団体で構成員全体の72%〜
→暴対法、暴排条例の施行を経て今。ピンポイントな過渡期へ
●歌舞伎町とは
→地図で見る位置関係:100以上の事務所。ヤクザの見本市
→ヤクザマンションに入居。取材拠点に。常軌を逸した漫画『殺し屋1』の舞台
→ヤクザマンション:雪が降る新宿。空からヤクザが降ってきた?
→ヤクザマンション:銃痕があった銅像はいずこに?銃痕探してみた私、山田
→浄化作戦を経て歌舞伎町の今。喫茶店「パリジェンヌ」前の事件
●西成とは
→地図で見る位置関係:飛田新地、釜ヶ崎(あいりん地区)
→現存する賭場、盆中。どこで誰がなぜするのか。動く金額、イカサマした場合の処置
→盆中:手本引きのルール。道具について(実物で説明)。胴師の名人芸について
→盆中:なぜ摘発されないのか
→飛田新地、大阪に残る売春街。本音と建前で運営される場所。抜群の治安のよさの秘密
→飛田新地:規制強化の中、飛田新地がなくならない理由、ケツ持ちは誰か
→飛田新地の参考文献:井上理律子著『最後の色街 飛田』
→飛田新地と吉原の違い。ヤクザの関与という視点から
→釜ヶ崎とは。大山史郎著『山谷崖っぷち日記』によると「釜ヶ崎は別格」。その実情
→釜ヶ崎の写真による各所の詳細説明
→釜ヶ崎にあるノミ屋について。ストリートビューに写る見張り役。なぜ警察は摘発しないのか
●シノギ〜ヤクザのビジネス〜
→みかじめ料、ノミ行為、覚醒剤、売春、政治、興行、その他正業(フロント企業)
→「殺し屋」という職業は存在するのか
→興行:その実体紹介。格闘技プライドの不正を糾弾した書籍『激突!』著者は今
→覚醒剤:そのビジネススキーム(サプライチェーン、QC、ロジまで)
→フロント企業:その種類、業界分布。サラリーマン御用達の駅前の喫茶店チェーン等も
→フロント企業:フロント企業認定の難しさ(上場企業に対する株式投資は?資本主義社会に則った正業は?)
→ヤクザと原発:原発とヤクザの相性について。タブーの宝庫は打ち出の小槌
●本日の総括
→まさに今、ピンポイントな過渡期:暴排条例の適用拡大による極限に近い規制厳格化
→「ヤクザのマフィア化」は既に1960年代に既に朝日新聞に掲載。今始まった話でない
→正業への進出も長期的な流れ。今始まった話でない
→暴排条例の適用拡大による正業から徹底締め出し、使用者責任適用による違法ビジネスから強制撤退
→「そこまで苦労してヤクザをするのか?」
→真夜中の電話と1月10日YOMIURI ONLINEの記事
●今後のヤクザ像
→増える自殺
→ヤクザを辞めた人は今
→その中でもヤクザでい続ける人もいる
→一方「違法にならない」
→今後も存在し続ける
●最後に:我々は堅気として
→裏社会は、表社会の背後に確実に存在
→「是は是、非は非」。その存在に関して
→気安く接触を持つべきでない
●鈴木智彦氏の今後の展望
→暴排条例によるヤクザメディアの危機(ヤクザ雑誌廃刊等)
→ヤクザの存在自体は合法のうちは取材しやすいが、本当にアングラになれば。。
→つい昨日(1月19日)に実話時報に連絡があり。。日進月歩で変わる今日現在
●著書紹介
約2時間半の講演だったのですが、鈴木さんのラップと見紛うトークのおかげで、参加者からまたしても痺れる反響をもらいました。
参加者の方の強烈な拍手が私の耳の奥にもまだ残っています。
ちなみに鈴木さんは自己診断で「会費に見合う話ができたかどうか、、、」とストイックなこと仰ってました。またまた(笑)。
フランス人参加者の方からもFacebook経由で「Bravo!」という気持ちいいメッセージが来ました。確かに日本以外の方々にとっては、ヤクザは北野武の映画のイメージが強いでしょうから、何か彼らのイメージに一石を投じることができたのかもしれません。
是非はともかく、ヤクザも日本固有の文化の結晶と解釈するならば、国内、国外含めて、定期的に情報発信し、正しい理解を促す活動も価値があるのかもしれません。特にまさに今ピンポイントで変動している時期とのこと。裏の社会が大きく変われば、当然表の社会も変化するはずであり、この角度からの正確な情報発信は、鈴木さんにしかできないことなのかもしれません。
そのあたりの意見を、今度鈴木さんと飲んだときに聞いてみようと思います。
【本講演の参考文献】
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【追記】
実は今回、「ヤクザ」をテーマに選んだ理由には、ちょっと深い意図があったりします。
一般的に社会に対する理解を一つ深めようとする時、新聞、雑誌、書籍また伝聞等により多くの情報を集め、考え、社会について造詣を深めるのは重要なことだと思います。
一方、社会には、近代的な法や倫理とは一画を喫す原理が働く世界が存在します。力、暴力という人間の持つ原始的資質が幅を利かす世界です。
当然お気づきの通り、表の社会と裏の社会とは随所に連携を取っています。なぜなら、我々人間の理性は完全でないし、社会の運営も完璧とは程遠いからです。時に局面によっては人間の本性が剥き出しになる。そのような場面では、人間の荒々しい本性を行動原理とする主体が、問題を解決したり、社会の安定維持に寄与することがあるのは、冷厳な事実です。
もちろん、我々が住む日本も例外ではありません。
この事実は今後も事実であり続けるでしょう。つまり、裏の社会は表の社会の背後に確かに存在し続けることになります。
そのような考え方を前提とすれば、一つの社会について包括的に理解を深めようとする時、表の社会と裏の社会双方の造詣を深める必要があることになります。
しかしながら、裏の社会でどのようなことが起こっているのか、そこの住人がどのような行動原理で動いているのか、表の世界から見えません。新聞、雑誌、書籍また伝聞等の「表の社会を知る技術」も裏の社会を知る技術としては限界があります。また、中途半端に首を突っ込むと危険です。
よって、我々は限られた情報から、今、裏の社会で起こっていることを想像するしかありません。
つまり、自分の目に見えていない情報を想像し、理解を補完するわけです。
私は個人的に、社会生活を営むにあたり、この「目に見えていない情報を想像する能力」というのが意外と重要と思っています。
例えば、社会を球体に例えると、見えている部分についての学習で半球、そして見えていない部分へ洞察で半球、その2つの能力を磨くことにより、初めて社会全体を球体として立体的に捉えられる、私はそんなイメージを持っています。
そして、その「その目に見えない情報を想像する能力」を鍛える手段として、今回のテーマ「ヤクザ」は最適なテーマの一つと考えました。これが私のちょっと深い意図でした。